
津軽ー暮らしの知恵、こぎん刺し
津軽地方に伝わる刺繍の技法、こぎん刺し。
その風合いは、津軽地方の印象をそのまま閉じ込めたような、素朴で温かみのある美しさに満ちています。
厳しい津軽の冬を乗り切るための、苦労の結晶
こぎん刺しのふるさと、津軽地方。青森県の西部、広い津軽平野と、四方を山に囲まれた、雄大な自然に溢れた地方です。

江戸時代、木綿は高価なもので、津軽地方の農民は自ら栽培した麻布しか身につけることができませんでした。こぎん刺しは、木綿に比べ擦り切れやすく保温性の悪い当時の麻の衣類の耐久性、保温性を高めるための、生活の知恵から生まれたものでした。とても厳しい津軽の冬の寒さから家族を守るため、当時の農家の女性たちは一生懸命、衣類に刺し子を施しました。そのようにして作られた、見頃いっぱいに刺し子が施された当時の衣服を、今でも弘前市の市立観光館(http://www.city.hirosaki.aomori.jp/gaiyou/shisetsu/2015-0223-1057-41.html)などで見ることができます。
その後、時を経るにつれ廃れていったものの、柳宗悦らの民芸運動で再び注目を集め、色合いも当初の藍色の麻地に生成の木綿糸という組み合わせから、様々な色合いのものが生まれていったそうです。
こぎん刺しの模様は、モドコ(津軽弁で「元・基」の意味)と呼ばれ、どれも布の縦の織り目に対し、奇数の目を拾って描かれていくのが特徴。こぎん刺しには数十種類を超えるモドコがあり、一つまたは複数のモドコを組み合わせて図案を作っていきます。古くからの津軽地方の中心都市である弘前の街中では、至る所でこのモドコをモチーフとした装飾を見ることができ、伝統のこぎん刺しが、デザインの観点からも優れたものとして地域の人々に受け入れられているのだと実感します。
こぎん刺しを知る旅
今回はそんな歴史ある城下町、弘前をお散歩してみましょう。こぎん刺しに興味を持ったなら、まずは訪れたい「弘前こぎん研究所」(http://tsugaru-kogin.jp)。こぎんが廃れてしまっていた昭和初め、柳宗悦にその美しさを認められ、彼らの勧めにより散逸しかかっていた資料を集めることから始まったこの研究所。有名な建築家、前川國男氏の処女作である建物内にあるこの研究所では、伝統的な作品を数多く所蔵、展示、販売しています。
その次は、代官町にあるセレクトショップ「green」(http://otohane2.blog79.fc2.com)へ。こちらは、伝統のこぎん刺しを施した、現代的な色使いの作品を数多く扱っているお店です。先ほどの弘前こぎん研究所と、このお店のオーナーとのコラボレーションから生まれたこれらの作品は、伝統と現代の感覚を融合させた、新しいこぎん刺しの魅力に溢れています。
手仕事を通じて広がる世界
こぎん刺しをより深く知りたくなったら、百石町にある街の手芸屋さん、「しまや」(https://shimaya.info)へ訪れてみてはいかがでしょうか。こちらでは、こぎん刺しを用いたくるみボタンのヘアゴムを作るワークショップを随時行っており、自分の手で可愛らしい髪飾りを作ることができます。

ひと針、ひと針、ちくちく、ちく…規則的に針を進めるうち、いつのまにか心が空っぽになっている自分に気がつきます。そうして出来上がった髪飾りは、糸が少し曲がってしまっても、なんだかとても愛おしい。さっそく髪に結ってみれば、旅人の自分がすうっと弘前の風景に馴染んでいくようで、少しだけこの土地を理解できたような、そんな気分にさせてくれます。
また、弘前では毎年ゴールデンウィークにこぎんフェス(https://www.facebook.com/kogin.fes/)が行われており、美しいこぎん刺しの作品に数多く触れることができます。こぎん刺しを愛する作り手が一堂に会するこのイベント。古典的なモドコ柄から、オリジナルの現代的なモチーフで描かれた作品など、作家ごとの個性あふれる作品に出会うことができます。
美しさの裏側にあるもの
津軽地方の伝統的な手仕事である、こぎん刺し。

それらはただ単に美しいのではなく、その背景にある当時の人々の置かれた歴史の厳しさと、それを乗り越えようとした人々の愛や信念を感じることができます。苦しみから逃れようともがいたその手が掴んだ一つの希望…そのような歴史から生まれたものだからこそ、こんなにも美しく、愛おしく感じるのではないでしょうか。
文・Kalipe