
暮らし繋ぐまち、倉敷へ。
倉敷は、岡山県の南、瀬戸内海に面した街。古くから紡績のまちとして栄えた倉敷は、古き良き時代を偲ばせる町屋の並ぶ、美しい川沿いの風景でも有名です。現代では、紡績業の倉敷紡績やクラレ、マスキングテープで一躍有名になったカモ井加工紙など、現在でも有名な多くの企業があることでも知られています。
紡績の都、倉敷
そんなものづくりの街、倉敷。実はこの地域、古くは転々と島の連なる海辺でした。それが室町時代から江戸時代前期にかけて干拓され、当初は塩害に強い綿花やイ草の栽培が多かったことから、紡績の都としての礎を築きました。この地方で取れる綿は備中綿と呼ばれ、当時から大変珍重されましたが、戦後、これらの高品質の綿を武器に、繊維業、紡績業が一気に花開き、倉敷の児島地域では多くの工場が機音を響かせました。
その後、和装文化の衰退によって街は打撃を受けますが、紡績で培った織りや縫製の技術を生かし、学生服の製造に切り替えることで、時代の荒波を乗り越えてきました。
児島地域は日本のジーンズ発祥の地として知られていますが、今再びその技術力が注目され、高品質な国産ジーンズや帆布製品が新たな注目を集めています。
倉敷美観地区
江戸時代、この地方の物資集散の中継地として賑わった倉敷川沿いは、立ち並ぶ商家の漆喰塗に瓦屋根の鼠色のコントラストが美しく、美観地区の魅力が凝縮しています。

美しい掘割と柳並木に彩られた河岸沿いを歩けば広がる昔ながらの風景に、当時の豪商たちの美意識とプライドを感じることができます。
林源十郎商店
そんな倉敷美観地区の西側に位置する瀟洒な三階建てのビル「林源十郎商店」(http://www.genjuro.jp)。林源十郎は、敬虔なクリスチャンとして地域貢献、社会貢献にも熱心に取り組み、倉敷の人々の福祉と健康に多大な功績を残した人物。薬問屋として成功をおさめた林源十郎の店舗を修復・整備したこの施設には、個性的な日用品を扱う「倉敷意匠」を始め、「豊かな暮らし」を探求する「衣・食・住」の8店舗が入り、「豊かな暮らしとは」をテーマとした企画展やワークショップ、勉強会も頻繁に行われいています。
こちらで扱われる商品たちは、どれも丁寧に作られた美しい佇まいの物ばかり。質実を重んじる商家の街として繁栄した倉敷の街並みの美しさに通じるものがあります。
つながる熱い想い
次に訪れたいのは、日本初の私立西洋美術館である大原美術館。(http://www.ohara.or.jp)

当地きっての大地主であり、倉敷紡績の2代目である大原孫三郎と、同じ岡山県出身である洋画家、児島虎次郎との親交から生まれた、日本でも屈指の西洋絵画コレクションが収蔵されています。
大原孫三郎は、紡績会社の跡取りとして大層な放蕩生活を送っていましたが、先ほどの林源十郎を始め、石井十次ら、当地ゆかりの篤志家との出会いから行いを悔い改め、事業で得た資金を福祉や地域社会のために還元する活動に邁進します。これは、当時の経営者としては大変先駆的な考えでした。そして、大原家の奨学生であった画家の児島虎次郎を通じ、「広く社会に意義あること」を目指し、当時なかなか一般の人の見ることのできなかった最高級の西洋絵画を集めた場所を作ろうとしました。児島虎次郎は、画家としての才能もさることながら、その審美眼をもって、西洋絵画の収集にのめり込みます。そうして出来上がったコレクションは、のちに日本初の私立美術館である大原美術館として一般に開放され、今に至ります。この超一級の作品群を目の当たりにすると、当時児島がどれほどまでに熱意を持ってこの収集活動に挑んでいたかが伝わるようです。
大原美術館の怒涛の西洋絵画群に圧倒されたら、外に出て少しリラックス。本館の敷地の向かいにある、美しい純和風の建築、有鄰荘。大原家の別邸だったこの建物は、大原孫三郎が、病弱な妻を気遣い「家族の為に落ち着いた住まいを」と造られました。築地本願寺でも有名な伊東忠太作のこの美しい作品は、現在、春と秋の特別展の際にしか入場することができませんが、一度中に入ると、濃茶色に沈む木部や窓に大きく影を落とす松の木の美しさなど、日本人として心底落ち着く空間に満ちています。
思いを継ぐものたち
倉敷の裏路地に入ると現れる、落ち着いた町屋の風景。何世代にも渡って住み継がれ、修繕を重ねながら、少しづつ味わいを増していった住まいたち。このような暮らしぶりを間近に見ると、倉敷の人々の目は、常に古い時代から、今を通して未来を見つめているように感じます。
古き良き街並みの中にあって今なお息づく、「過去、現在、未来」を見通す目。経済一辺倒だった近年の日本の潮流にあっても、なお大切なものを見失うことなく歩んできた多くの先人たちの道どりの確かさが、この古く美しい街を形作っているのだと気付かされます。倉敷の古き良き街並みを歩けば、現代まで通じるこの「ものを見る目の確かさ」を、感じることができるかもしれません。
文・Kalipe