
大谷石のルーツを訪ねて。
建築好きの方なら、大谷石と聞くと旧帝国ホテルを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
近代建築を代表するアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトによるこの作品は、内外装に大谷石を多く用いた独特な意匠とともに、当時としては画期的な設備により耐震や防火に配慮した先進的な建築物でした。
1923年(大正12年)9月に竣工しましたが、そのお披露目の日のまさに当日、戦前日本の未曾有の大災害、関東大震災が起こったのです。
周りの建物がおしなべて倒壊する中、びくともしなかった旧帝国ホテル。
諸般の事情によりすでに帰国していたライトは、その知らせを聞いて狂喜したと言われています。
そのことが大きな宣伝にもつながった結果、東京はもちろん関東一円に販路が広がり、大谷は一躍有名な石の産地となりました。
そうして名実ともに一斉を風靡した大谷石ですが、時代が下るにつれ海外の天然石やコンクリートなどの安価な人造石に取って代わられ、徐々に廃れていきました。
最盛期には240もの採石場がありましたが、現在はそのほとんどが廃業してしまったそうです。
しかし、近年その風合いの良さや環境への機能面からその価値が見直され、再び注目が集まっているという大谷石。
宇都宮周辺では、大谷石で作られた蔵を改装したカフェやギャラリーも多く見かけ、魅力的な空間を作り出しています。
そんな大谷石のルーツを訪ねるため、大谷の町を訪れてみました。
車で大谷の街に入ると、一種独特の風景に驚きます。
平野を転々と横切るポコンと隆起した岩の山に添うように佇む大谷の集落のなか、いたるところに切り出された石の破片を見ることができ、この地が石の産地であることを物語っています。
向かう先は、大谷資料館(http://www.oya909.co.jp)。
地下へと下る階段を降りきった先、突如眼前に広がるのは、薄暗く静謐な空間。それもそのはず、この異世界のような一種独特な空間は、映画やドラマ、音楽のPVなどにも幾度も登場しているそうです。
確かに、ここは現代の空間であって、現代とはかけ離れたー例えば、太古から地下深くに沈む、秘められた地下神殿のようなー印象を持つ人が多いのも頷けます。
でも、この空間の一番の醍醐味は、この採掘場が拓かれた1919年(大正8年)から1986年(昭和61年)の中でも、機械化した60年代以降まで40年以上の年月をかけ、人間が手掘りで作り出した空間だということ。
かつて地上で暮らしていた人間が、ツルハシ一本を担いで地下深く潜り、光の届かない薄闇の中で、延々、長い時間をかけてこの空間を生み出したことへの驚きと畏敬の念、そして石に刻まれた溝の一つ一つから、途方もない労力と年月を目の当たりにし、しばし沈黙してしまう…「異世界や映画のような世界」という言葉では到底言い表せない、かつての人間の、ただひたすらに進み続けた、悲痛なまでの強靭さのようなものを感じとることができます。
そんな地下空間を思う存分満喫したら、地上に戻り、隣のRockside Market(https://oya-rsm.co.jp)へ。
こちらは大谷石をつかった植木鉢やアクセサリーの他に、栃木県や全国の魅力あるプロダクトを取り扱うショップと、ジェラートやガレットが美味しいカフェが併設されています。
こちらの建物にはもちろん大谷石がふんだんに用いられていて、この石の持つ温かみや、均一ではないその石の表情を直に体験することができます。
最近では、普段立ち入ることのできない石切場内部や、掘削の際に出た地下水が溜まった地底湖を見学できるツアーも開催されているそうで、かつての石工たちに思いを馳せながら、より深くこの地を知ることができそうですよ。
せわしい日常をふっと忘れさせる、深い闇の世界。
ぜひ一度体験してみてはいかがでしょうか。