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シンプルな器から広がる自由なものづくり

器づくりは、コミュニケーション手段のひとつ│前野達郎さん

神奈川県・茅ヶ崎市の工房で器づくりをする前野達郎さん。鮮やかな色使いと、シンプルで美しいシルエットが魅力的な食器を制作されています。今回は、前野さんが陶芸の道に進むことになった経緯や、器づくりのやりがいについて伺いました。


──前野さんは美術大学ご出身とのことですが、昔からものづくりに興味をお持ちだったんですか?

それがね、全然違うんです。中学のサッカー部を引退してからは、ずっとバンド活動に夢中で。僕はベースをやっていました。高校時代には、ライブハウスでやらせてもらってたりもしたんですよ。

そのまま音楽を続けたいと思って、音大を目指していた時期もあったんですけど、受験のために通った音楽教室の練習がきつくて挫折しまして(笑)。

そんなとき、たまたま友人が美術大学を目指していると聞いたんです。ちょっと興味を持って、高校3年生の夏休みに大阪芸術大学の夏期講習に参加しました。そしたら、美大の雰囲気ってなんかいいな、と思って。そのまま美術の方向を目指すことになり、最終的に多摩美術大学の工芸学科に進学しました。

──工芸学科を選ばれたのはどうしてだったのでしょうか?

すごく単純なんですけど、倍率が低かったんですよ。当時は、美大に入れればどこでもいいかな、くらいに思っていたので。

ただ、浪人中に、予備校の友人の家族が美大の教授をやっていて、家に遊びに行ったときに陶芸を見せてもらったんです。そのときに、陶芸のように柔らかい素材からつくるものが自分に合っているんじゃないかと、漠然と感じたことがあって。今思えばその感覚があったから、工芸学科に進んで陶芸をやろうと思ったのかもしれません。

──実際に美術の道に足を踏み入れてみて、いかがでしたか?

楽しかったですよ。いろんなものを作れたし、自由に制作させてもらっていたので。

当時はまだ食器は作っていなくて、大きな立体物をメインで作っていました。作品を形作る工程も楽しかったですが、僕の場合はコンセプトや設計を考えるときがいちばん面白いと感じていましたね。

──その後、食器を作られるようになったのはどうしてだったんですか?

大学卒業後は美術展設営やアーティストサポート、展示会コーディネーター業などに携わったのですが、ワーキングホリデーのビザがとれたのをきっかけに、29歳でデンマークへ留学することになりました。

当初はアーティストとして活動していこうと考えていましたが、参加したプロジェクトが終わったあとコペンハーゲンに移って制作を続けようとしたタイミングで、食器だったり、日常的に使ってもらえるものを作るほうが、人のためになるかも、と思って。それで食器を作るようになったんです。

──前野さんの作品といえば、鮮やかで美しい色使いが特徴です。その色使いはどうやって生まれたのでしょうか?

原点は、浪人時代に遡るのかもしれません。
着彩、なかでも透明水彩が大好きだったんです。予備校での評価もよかったですし。

よく、色がカラッとしてるって言われましたね。透明水彩って、色をどんどん重ねていくから普通は鈍くなるんですよ。それが、僕の場合はなかった。なんとなく、感覚的に備わっていたんでしょうね。ラッキーでした。

──色を扱っていて、どんなところに面白さを感じますか?

ここ最近では、お客さんから「こんな色の組み合わせが欲しい」と要望やオーダーをいただいて作る機会が増えていて。自分の感覚だけでは生まれないような、新たな色の組み合わせに出会えて面白いですね。どんどんバリエーションが増えています。

僕の場合、自分の好きな形や色を追求するっていうよりは、コミュニケーションを重ねながら、お客さんの要望を取り入れて器を作ることに楽しさを感じているというか。展示会で会場に立っているときも、できるだけお話をさせてもらって、お客さんの声を聞いたりして。

陶芸家といえば、自分の技や感性を追求して……というイメージがあるかもしれませんが、僕の場合は人との会話や関わりに重点を置いています。ものづくりは、僕にとってコミュニケーション手段のひとつなんです。陶芸家、というよりは、「陶工」と表現してもらったほうがイメージが近いかもしれませんね。

自分の作家性みたいなものはない、と言いつつも、絶対に手抜きしないことは常に心がけています。当たり前といえば当たり前ですけどね。手を抜くと、絶対に形に現れるので。

──シンプルな器だからこそ、コミュニケーションの幅も広がりそうですね。自由な会話が生まれそうです。最後に、今後の活動のイメージや目標を教えていただけますか?

焼きものにこだわらず、いろんなもののデザインに携わってみたいなとは思っているんです。今は、たまたま焼きものの素材が得意だからやってますけど、異素材にも興味があります。

学生時代からそうだったように、僕はものを作ることそのものよりも、デザインを考えたりするのが好きなんでしょうね。そこに、お客さんとのコミュニケーションもプラスして、あれこれ一緒に考えながらものづくりをできたらいいな、と思っています。