
未利用魚の活用が切り拓く、持続可能な水産業の未来│Fishlle(フィシュル)
規格から外れるなどの味には関係のない理由で、流通の前段階で行き場を失う魚がたくさんいます。この“未利用魚”を活用し、海鮮丼・漬け丼・西京漬け・カルパッチョなど手軽に楽しめるミールパックへと加工して届ける、未利用魚のサブスク『Fishlle(フィシュル)』。

すべて天然国産の魚を使い、着色料や保存料無添加。子どもから大人まで安心して食べることができ、なおかつ冷凍品で日持ちもするので、忙しい毎日の味方としても人気を集めています。
今回は、フィシュルを展開する株式会社ベンナーズの代表・井口 剛志(いのくち つよし)さんにお話を伺い、フィシュル立ち上げの経緯や、未利用魚の活用に込める思いについて聞きました。
幼いころから親しんだ水産業。自分たちが課題を解決したい
フィシュルを展開する株式会社ベンナーズは、「日本の食と水産業界を守る」という思いのもと、井口さんが立ち上げた会社です。
井口さんは、水産業界に足を踏み入れた理由について、次のように話してくださいました。
「私の祖父と父は、ともに水産業界に従事しており、祖父は鳥取の境港というところで水産加工業をやっていました。その後40歳くらいのときに脱サラをして、甘海老を加工する会社を立ち上げたんです。今では普通に寿司ネタとして親しまれる甘海老ですが、当時は釣り餌として使われていて、一般的に食用されていませんでした。祖父は、そんな甘海老を食用に加工することを始めて、その後もいろいろな水産加工品を作っていたんです。父も、魚の卸の会社をやっていまして。 そういった経緯から、水産業界は私にとってとても馴染み深い業界でした」

「それと私は大学でアントレプレナーシップ(起業学)を専攻していて、学びを重ねるなかで、水産業界は本当に課題だらけだなと感じたんです。複雑すぎる流通構造や、漁業者の減少・高齢化、日本人の魚離れなど……そんな課題を解決できたらと、水産業界での起業を決めました」
2018年に株式会社ベンナーズを立ち上げてからは、生産者さんと外食産業をつなぐプラットフォーム事業などを展開されていたそうです。
その後、フィシュル誕生のきっかけのひとつになったのが、新型コロナウイルスの拡大。
外食産業をターゲットに事業を展開されていたこともあり、何か新しい手を打たなければ、という状況になった井口さんたちは、“未利用魚”を活用する道を思い付きます。

「以前から、未利用魚の存在は知っていました。各産地をまわるなかで、行き場を失ったさまざまな種類の魚が、1tくらい入る大きな桶に入って、ズラーッと並んでいる、そしていずれは行き場を失ってしまう、という現状を聞いたことがあって。ずっと、そんな状況をなんとかしたいと思っていたんです。そして新型コロナウイルスの影響があって、さまざまな食材が行き場を失っているというニュースも話題になり、未利用魚を無駄にしたくない、という思いが強まりました」
新型コロナウイルスによって、食をとりまく環境が厳しい状況に立たされるなか、ベンナーズはなんとかピンチをチャンスに変えようと、未利用魚を活用したEC事業に乗り出します。
そうやって誕生したのが、フィシュルでした。

思い込みや偏見で魚が売れないなんて、もったいない
いったいどうして、そんなにたくさんの未利用魚が出てしまうのでしょう。
井口さんに、いくつかの理由を聞かせてもらいました。
「日本の魚の7割がスーパーに流通しますが、スーパーに並んでる魚って、だいたい同じようなものじゃないですか。日本の水産業界では、このように“つくりあげられた規格”というのがあって、そこから外れる魚はほとんど売れないんです」

「規格から外れたといっても、決して味に問題があるわけではありません。売れない理由は『慣れ親しんだものじゃないから』とか、『加工しづらい』というようなもの。たとえば、『あんこう』といえば冬の高級食材といったイメージがあるかもしれませんが、夏も結構とれたりします。深海魚は年間通してほぼ同じ海水温のところにいるので、季節が違っても味は変わらないんです。それなのに、“夏は旬じゃないのでは”という偏見や思い込みによって、冬以外はなかなか売れません」
せっかくおいしいのに、人間側の身勝手な理由で無駄にされてしまう魚たち。
フィシュルでは、規格外として弾かれてしまった魚を生産者さんから積極的に買い付け、活用しています。


魚が大好きだから
規格外だからこそ、普段スーパーではあまり見かけないような魚が使われることも珍しくありません。
同じ種類の魚を大量に仕入れるシステムではない分、それぞれの魚にとってどんな味付けや加工法がベストなのか見定め、手をかけて加工することへの苦労もあります。
それでも「フィシュルの仕事が面白くて仕方ない」という井口さん。そのエネルギーの原動力は、彼自身の「魚が大好き!」という思いです。


「私自身、本当に魚が好きなんです。魚は、とれる海域、とる方法、とったあとの処理の仕方、熟成のさせかた……どれかひとつでも違えば味が変わるし、こだわればこだわるほど、とてつもなくおいしいものができるという、かなり奥深い食材。フィシュルの製品は、私も味付けや調理法の検討に携わっています。私自身食べることが大好きなので、開発という名目でおいしいお魚に出会えるのも幸せですね。先日も、新しい加工法の実験をして、最高においしいものができたんです。毎日、ワクワクしています」
作り手、使い手、社会のすべてが幸せになってこそ、持続可能な食といえる
井口さんたちが大切にしているのは、生産者さんを主役とした「三方良し」の考え方。

「やっぱり、作り手、使い手、社会がみんなハッピーにならなければ、本当の意味での持続可能な食とはいえないと考えています。現状では、残念ながら水産業の大半ではこの三方のどこかが欠けてしまっている。だから、後継者が育たないとか、売れないとか、そういったことが起きてしまっていると思うので。やっぱりどれだけ文明が発展して、新しいテクノロジーが生まれたとしても、人は食べ続けないといけません。我々の孫、ひ孫、その先もずっと、食べて行けるような仕組みを作っていかないといけないなということは、ずっと考えて続けています」

「私たちのなかでは、“業者”とか、そういったワードはNGなんです。漁師さんをはじめ、最高の魚を選りすぐってお届けくださる仲卸の方々や、調味料を作ってくださる職人さん方、一緒に味付けを考えてくださる料理人の方々……全員の協力があって、初めて本当においしい商品ができると考えています。私たちは、彼らを“一仕入先”や“業者”として考えるのではなく、大切な“パートナー”と考えています」
水産業界における持続可能性を追い求める井口さん。フィシュルの取り組みはその大きな一歩。そして、ベンナーズとしては、まだまだたくさんの可能性を模索し続けてくのでしょう。
最後に、今後の展望について聞かせてもらいました。
「いまは、福岡県内の漁師さんがパートナーさんのほとんどですが、最近は他県からも声をかけていただくようになってきました。今後は、ほかの地域でも展開していけたら。各産地に、いろいろな既存の加工場もあるので、各地の漁師さんや加工場と連携して、フランチャイズのようなかたちでうちの商品を作ってもらうのもいいかもしれない、なんて考えています。地域によってとれる魚はぜんぜん違うので、地域が広がれば、フィシュルの商品展開もさらにバリエーション豊かになるはず。そして私自身も、もっといろいろな魚と出会いたいですね」
