
おいしく楽しく、余すことなく。エシカルフルーツが、果物界の未来をもっと明るくする│東果堂
東京都世田谷区・東急世田谷線の若林駅近くにあるフルーツ店の『東果堂(とうかどう)』。店舗での販売やケータリングなど、さまざまな形でフルーツを届け、まだまだ日本では“ちょっと特別なもの”というイメージが根強いフルーツを、もっと身近に、日常的に楽しむ文化を浸透させることを目指しています。今回は、代表の岩槻正康さんにインタビュー。岩槻さんがフルーツの道へと進むことになった経緯、お店に込める思い、そして無駄なく大切にフルーツを使い切る“エシカルフルーツ”の取り組みについてお話を伺いました。
フルーツのことを知ってみたい
岩槻さんは、もともとデザインのお仕事をされていたそう。ウェブやロゴ、広告などの制作に携わっていたのだとか。
しかし、日々忙しく働くうちに、別の道へと進む可能性について模索するようになりました。
「デザインの仕事って、好きで楽しいんですけど、どうしても納期に追われることが多かったり、芸術作品のように残っていくものではなかったり。当時はちょっと疲れてきてしまっていたんです。それで、何か直接“ありがとう”と言われるような仕事がしてみたいな……と、考えるようになりました」

「昔から食べものが好きだったり、食を通しての場作りに興味があったりで、いつか自分で飲食店をやってみたいな、と思っていたんです。それで、デザイン以外の道を考ようとなったときに、カフェ経営について学ぶ社会人向けのスクールに通うことにしました」
そして、そのスクールでの出会いが、岩槻さんをフルーツの世界へと引き込むことになりました。
「東京の老舗果物店の社長と出会い、意気投合して、一緒に働かないかと声をかけてもらったんです。それまでは漠然と“食を通して人が集まる場所を作りたい”と思っていましたが、ふと考えてみると『フルーツのことはよく知らないな』と。いい機会だし、勉強してみたいなということで、働かせてもらうことになりました。その会社では、10年ほど働きました」
フルーツをもっと身近に
ある意味、偶然フルーツの世界へと足を踏み入れた岩槻さん。そのまま10年も老舗果物店で働き、その後はご自身のお店を立ち上げることになるほどに、フルーツに心を掴まれているようです。
「何よりも、フルーツの世界には終わりがないことが面白いんです。どんどん広げられるし、掘り下げられるような感覚。フルーツと一口に言っても、ものすごく種類があるし、今後も品種が増えていくでしょうし。僕の行動の原動力は好奇心なので、知れることがある限りは続けられるんじゃないかと思います」

「果物店で勉強させてもらうなかで、フルーツを通じて人が笑顔になる様子を目の当たりにしたり、仲卸の方、生産者さんともさまざまな交流をさせてもらいました。ただ、その経験を経て『日本では、まだフルーツを食べる習慣が根付いているとはいえないのでは』という課題にも気づきました」
じつは、日本でフルーツが“気軽に食べられるもの”になったのは高度経済成長期を過ぎたころなのだそう。そういった背景もあり、まだまだフルーツを食べるという行為は“日常”ではなく“ちょっと特別なこと”という意識も根深く残っているのだとか。
「日本で一人でも多くの人にとって、フルーツを食べることが日常になるように。そして、日本にもっと充実したフルーツ文化が根付くきっかけづくりをしたいと考え、2020年に東果堂を立ち上げました」

無駄なく、最後まで使い切る
東果堂では、大田市場や農家さんから仕入れた厳選フルーツを扱っています。ケータリングやデリバリーサービスも行なっていて、色とりどりでおいしいフルーツを通して、多くの人に笑顔を届けています。
そしてもうひとつ。東果堂の取り組みでキーワードになるのが“エシカルフルーツ”です。

贈答用として購入されることも多いフルーツは、厳しい規格から外れると出荷前の段階で弾かれてしまったり、市場でも少し時間が経つと処分されてしまうことがあるそうです。
とってもおいしいはずなのに、さまざまな理由で廃棄されていくフルーツたち。そんな現状を少しでも変えたい、という思いで、岩槻さんたちはフルーツを余すことなく使い切ることを大切にされているのです。
「もともと、僕は貧乏性なんです。活用できるものを捨ててしまうのが、もったいなくて嫌でした。“売り物”として成立しなくなったからといって、フルーツがどんどん捨てられていくのも、なんてもったいないんだ、と。見た目が少し悪くても味は良いし、“熟す”と“傷む”は紙一重なところがあるから、傷む直前のものが甘くておいしかったりもする。加工すれば長く楽しめる場合もあるし、食品以外の活用法だってあります。使いみちは、少し工夫すればいくらでもあるはずなんですよね」
東果堂では、少し形や色が違っていたり、一般的にお店で売られる状態よりも熟したフルーツ、そしてそれらを活用した加工品の販売も行なっています。



「きっと、みんな心の片隅では、『あ~、あのりんご捨てちゃったけど、なんかもったいなかったな……』と思っているはずなんです。僕たちが、そこをツンツンと刺激できれば。“エシカルフルーツ”という言葉だけ聞くと、なんだか崇高な印象をもたれることもあるかもしれません。でも、そんな意識高い感じではなく、“無駄なく使い切ったほうがみんな得だよね”と思ってもらえたらいいな、と。人間、何かしらの得があったほうが、長続きすると思うので」

「『江戸時代の人たちはサステナブルな生活を送っていた』なんて言われることもあるけれど、当時の人たちはそんなこと意識していなかったと思うんです。今ほど便利じゃなかったからこそ、ものを大切に使うのが当たり前のことだったはず。だから、現代でもいずれは“エシカルフルーツ”なんて言葉がなくなって、無駄なく使い切ることが当たり前になればいいですよね」
ゴールが見えないからこそ、面白い
岩槻さんたちは、エシカルフルーツの販売や活用以外にも、業界全体の流れを変えていこうと、少しずつ周囲への働きかけをされているそうです。
「生産者さんや仲卸業者さんも、廃棄するのにもお金がかかるので、捨てるものを減らせるなら減らしたいはずなんです。だから今は、仲の良い仲卸さんと組んで、少しずつですが飼料にしたり肥料にしたり、バイオガスにするなどの活用法を探っているところ。大田市場だけでも、仲卸業者さんは170件くらいあるので、だいぶ道のりは長いですが、まずは話を聞いてくれるところからコツコツと進めていきたいと思っています」

「一方で、“ゴミを減らすことが正義”という視点だけで動いてしまうと、ゴミを回収してくれる業者さんたちの仕事が減ることになってしまいます。何かを変えることで、誰かに負荷がかかったり、損をすることになるのは嫌なので、うまく視点を変えながら、関わる人全員が得できるような仕組みを作っていけたら。そこで今は、従来は廃棄物として回収されていたフルーツを、加工品の原料、飼料や肥料の材料、バイオマス発電の燃料として、従来の産廃業者さんが“お得に仕入れられる”ような形にできないかなと考えているんです。“産廃業者さん”という呼び名ももっとポジティブなものに変えて、“循環資源製造業”と呼ぶようにもしています」
ここでも、「終わりが見えないほうが燃える」という岩槻さんの好奇心が、取り組みの原動力になっているようです。
「たとえ僕の人生で終わらなくても、アクション自体が継続されていれば、100年後くらいには世の中の価値観が変わってくれているかもしれないので。それでいいと思うんです。僕、RPGが結構好きなんですけど、最後ボスを倒すだけになると、途端に飽きてしまう。で、そのままエンディングを見ずに終わってしまうことが多くて(笑)。終わりが見えると、どうでもよくなっちゃうんでしょうね。だからこの取り組みも、フルーツへの興味も、ゴールが見えないからこそ楽しいな、と思います」

「今後は、エシカルフルーツを使った、ありとあらゆるプロダクトづくりに挑戦してみたいです。化粧品だったり、洗剤だったり。もしかしたら衣服のこともできるかもしれません。使いみちは多ければ多いほどいいと思うので、とにかくいろいろな可能性を探りたいですね。もうひとつは、さまざまな形での発信を通して、産地や市場、小売店、飲食店、各家庭に、どうやったら無駄なく使い切れるかというのを考えてもらう意識づくりにも、さらに力を入れていけたらと考えています」
おいしく楽しく、余すことなく。
世田谷のちいさなお店が、これからフルーツを取り巻く環境を大きく変えていくことになりそうです。今はちょうど、舵を切っているところ。
数年後、数十年後には、フルーツを廃棄するという考えそのものが、もしかするとなくなっているかもしれませんね。
