soramido 空と緑の暮らし店

2020年、東京から岩手へ

岩手・陸前高田で“ばあちゃん”を撮る日々。強さとやさしさを写真にこめて。─飯塚麻美さん(フォトグラファー)

岩手県・陸前高田市を拠点に、フォトグラファーとして活動する飯塚麻美(いいづか・あさみ)さん。神奈川県のご出身で、もともとは東京を拠点にお仕事をされていましたが、2020年から陸前高田に拠点を移されました。今回は、飯塚さんが写真の道へと進むことになった経緯や陸前高田との出会い、そして陸前高田の人々のくらしや“おばあちゃん”を撮る日々についてお届けします。


旅先の景色を残したくて

飯塚さんが写真を撮ることに興味を持ったのは、遡れば小学生のころだったといいます。
おばあさまが買ってくれたコンパクトデジタルカメラで、どこかへ行くたびに写真を撮っていたのだとか。

当時はお気に入りの玩具といった感じで、カメラを使うことは面白い遊びのひとつ。
自分でカメラを触って、上手に、きれいに撮れることが純粋に楽しかったそうです。

そして、飯塚さんが写真に改めて興味を持つようになったのは、大学生になってからでした。

大学時代にはアルバイトでお金を貯めて外国を旅し、留学も経験した飯塚さん。
そこで見た景色をきれいに残しておきたいという思いから、大学2年生で一眼レフを購入。
それからはフィルムカメラなども使いながら、本格的に写真を撮影するようになっていきました。

「もともと神奈川の郊外で生まれ育ち、子どものころは遠くの地域へ行ったこともあんまりなかったんです。それだからか、外の世界に対する興味というか、漠然とした憧れみたいなものがありました。大学は国際系の学部に入って、お金を貯めて外国に行ったり、留学させてもらったり。その国ならではの景色に出会うたびに、せっかくだから写真に残しておきたいと思うようになりました」

その後、大学4年生のころにはウェブメディア編集部でのインターンを経験。
インタビュー撮影をしたり、先輩カメラマンからノウハウを教わったりするうちに、写真を仕事にしたいという思いが強まりました。

「それまでは旅先の景色を残したい、という内面的な欲求から写真を撮っていましたが、インターンを経験して『こういう写真が撮れるようになりたい』『いろいろな人に見てもらえる場に自分の写真を出してみたい』と思うようになっていったんです」

もうひとつ、飯塚さんが写真の道へ進む後押しになったのが、人物を撮る面白さに気がついたこと。

大学時代に地域おこし活動をするNPO法人に参加し、定期的に岩手県陸前高田市を訪れていた飯塚さんは、仲間や街の人の写真を撮るようになっていました。

「私、忍耐力がないので……(笑)じっと待って風景写真を撮るよりも、動きのある人を撮るほうが向いているかもと、ピンときたんです。ころころと表情が変わる人の一瞬を捉えたり、写真を撮ることを通じて陸前高田の人たちのくらしを覗けるのも面白くて」

とりあえず、やれることをやってみたい

大学卒業後、そのまま写真の道に飛び込んだ飯塚さん。
周りの学生たちが就職活動をするなか、ご自身も企業へ就職することを考えてみたそうですが、

「せっかく写真の面白さに出会えたのだから、とりあえずやれることをやってみたい。うまく行かなかったら、その時ちゃんとどこかで働けばいい」

と覚悟を決め、そのままフリーランスの写真家に。
あまりの思い切りのよさに「迷いや不安はなかったのですか?」と聞いてみたところ、

「自分のことに関しては結構楽観的なんです。いつも、とりあえず見切り発車。何かあっても、困るのが自分だけならいいかなって。ずっと、それでなんとかしてきた感じです。今もなんとかなっているのかはわからないけれど……(笑)まあ、フリーランスといっても、当初はフリーターみたいなもんでしたけどね」

と、飯塚さんはカラカラと笑います。

しかし、知り合いづてに少しずつ仕事をもらい経験を積むうちに、着実にお仕事の量が増え、幅も広がっていきました。

きっと、誰に対しても朗らかな姿勢や、現場を和やかにする雰囲気、いつもひょいっと軽やかな様子ながらじつは虎視眈々と自分が納得いく瞬間を狙うプロ根性が、関わる人々の心を掴んでいったのでしょう。

そして何よりも、その人や物のいちばん自然体な姿を切り取り、ほんわかと優しくもどこか凛とした力強さを感じさせてくれる作品の空気が、じわじわと人を惹きつけていきました。

陸前高田との出会い

現在、飯塚さんは陸前高田市を拠点にフォトグラファーとして活動されています。

大学1年生のころから定期的に訪れていた陸前高田。
もともとは、高校時代に通っていた塾の先輩から、地域おこし活動に誘われたのがきっかけでした。
好奇心旺盛な飯塚さんは、特に深く考えず「せっかくだから行ってみます」と、即決。

当時の陸前高田は、ハード面の復興と並行して、学習支援や地域おこしなどのソフト面をさらに充実させていこうという動きがあったといいます。

飯塚さんは、地域の高校生たちとの交流や街を盛り上げるための活動が楽しくなり、大学2年生までは月に1回ほどの頻度で訪れていたのだとか。

「当時は学生でお金もないので、みんなでレンタカーを借りて、7時間くらいかけて交代で運転しながら行っていました。金曜の夜、大学が終わってから集まって、土曜の明け方に着く感じ。それで日曜の夜に向こうを出発して、月曜の明け方に帰ってくる……という生活です。大変だったけれど、学生時代にしかできないことをやっている感じがすごく青春ぽくて楽しかったんですよね」

その後、飯塚さんが留学していた期間もあったことから頻度は減ったといいますが、それでも3ヶ月に一度ほどのペースで陸前高田に足を運び続けたそうです。

自分の写真を、作品として残していくために

大学卒業後、しばらくは東京を拠点に活動していた飯塚さんが、陸前高田に移住したきっかけ。
それは新型コロナウイルスの影響でした。

2019年ごろから、「仕事を受けるだけではなく、作品として写真を残す活動もしていこう」と考えるようになっていた飯塚さん。
まず、ご自身の作品づくりの軸にしたのが「陸前高田のおばあちゃんを撮ること」でした。

それから再び月に1度ほどは陸前高田に行き、写真を撮る生活を続けていたそう。
しかし、2020年になると思うように行き来することができなくなってしまいました。

社会的にはテレワークやオンラインでの仕事のやりとりが当たり前になってきましたが、写真は足を運ばなければ撮ることができません。

そこで、きちんと隔離期間をとって、まずは3ヶ月〜半年を目処に滞在すればいいのではと思い立ちました。
その決断が、結果的に拠点を移すことへとつながりました。

「私の場合は、“ばあちゃんを撮りに行くためにはどうすればいいのか”と手段を考えた結果の拠点移動でした。それまで東京で仕事をしていたので、拠点を移せば確実に収入も減ることになります。でも、コロナ禍で撮影が中止になることも多くてどちらにせよ不安はあったし……もしだめだったら、また考えればいいか、と。大学を卒業したときと、考え方が変わってないですね(笑)」

拠点を移してからは少しずつ人との繋がりも広がっていき、最近は岩手を中心に東北の会社からお仕事をもらうことも増えました。
ここでも、飯塚さんの思い切りのよさや良い意味で楽観的なところが、結果として実を結んできているのですね。

おばあちゃんが持つたくましさやあたたかさを捉える

飯塚さんが追いかけている“ノブ子おばあちゃん”は、大学時代からお世話になっている方なのだそう。

ノブ子おばあちゃんのお孫さんが、飯塚さんたちの地域おこし活動に地元の高校生として参加していたことから、陸前高田を訪れるたびにいろいろとよくしてもらっていたのだとか。

「自然を相手に生きるたくましさだったり、自分に持っていないものを持っているところだったり。それと、自分たちにあたたかい居場所をくれるところだったり。そんな強さとやさしさに惹かれて、ばあちゃんを撮るようになりました。
ノブ子ばあちゃんは、一見毎日同じに見えてぜんぜん違うことをしているんです。
いつも畑にいるけれど、毎日やることが違って、季節によって育てているものも違います。同じように台所に立っていても、毎日違う野菜や海産物を使って料理している。当たり前のことかもしれないけれど、それまでの私には、そういった季節感だったり、時系列が見えていなかったんですよね。だから、ばあちゃんのくらしを覗くのはすごく新鮮で、心から楽しいなと思える時間なんです」

「陸前高田で私が住んでいるシェアハウスは、ノブ子ばあちゃんの畑が見える距離にあります。しばらくの間は、窓からばあちゃんが見えるとサササッとカメラを持って出ていく生活でした。写真を撮りながら『何か手伝うことある〜?』という感じで。ばあちゃんは『また撮ってんの?』なんて苦笑いしながらも、休憩がてら『お茶っこするべ(お茶でもしようか)』とそのまま連れて行ってくれたり。近所の子どもと接するように、私と接してくれています」

そして、ノブ子おばあちゃんのくらしを収めた写真の数々を集めて、飯塚さんは初の写真集も出版されました。

現在は、その写真集を手に各地で写真展を開催されています。

「陸前高田で展示を開催したときには、ノブ子ばあちゃんの幼馴染が来てくれたりもしたんです。それで『そのまんまだねえ』『元気でよかったあ』なんて安心してくれているのを見ると、『自分が撮ったものは、ばあちゃんの自然な姿を捉えられているんだな』と実感できて、うれしいです」

今は、自分が撮った写真をいろいろなところへと旅立たせてあげたい、という思いから、写真展を開き、たくさんの人に写真集を手にとってもらうことを目指している飯塚さん。

その先で、フォトグラファーとして自分が何をしていくことになるのかは、まだまだ模索中とのこと。
それでも、ぼんやりとした理想は思い描いているようです。

「海のそばでのくらしに、なんだか心が惹かれるんです。目の前に水平線が広がっていて、その先に別の町があることを想像すると、ワクワクするというか。それは陸前高田が身近になったからなのか、もともと潜在的な憧れがあったのかは、自分でもまだよくわかっていないんですけど……とにかく、海がいいな、と思うのは確かです。
今は、陸前高田と東京、主に2つの土地で仕事をさせてもらっていますが、将来的には国内外問わず、もっとたくさんの地域に滞在しながら海のくらしを見てみたい。旅をするように、いろいろな場所で写真の仕事ができたらいいなと思っています」

軽やかで朗らかな雰囲気の中に、思い切りの良い潔さと、たくましさを秘めた飯塚さん。
写真にも、まさにそんな彼女の魅力がにじみ出ているかのように感じられます。

これからも、陸前高田で数々の素敵な写真を撮り、展示などを通して私たちにその作品を届けてくださることが楽しみです。そしていずれは日本全国、そして世界へと羽ばたき活躍されることを願っています。


飯塚麻美さん
フォトグラファー。東京と陸前高田を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身・明治大学国際日本学部卒業。旅・暮らし・ローカル系のテーマ、人物・モデル撮影を得意分野とする。大学時代より岩手県陸前高田市に通い、おばあちゃんや漁師を撮っている。2020年からは陸前高田で暮らす。
Instagram: @asami_izz

☆2022年1月には、東京での展示も予定されているそう。写真集や展示の情報については飯塚さんのホームページもぜひご覧ください。
https://asamiiizuka.com/