soramido 空と緑のくらし店

福島県会津若松市

会津木綿HARAPPA・原山修一さん

歴史深い織物の可能性を求めて

福島県会津若松市の工芸品・会津木綿。一度は封鎖することが決まった原山織物工場がHARAPPAとして新しくスタートを切った経緯やこれからの会津木綿の可能性を伺ってきました。

盆地という土地柄もあり、夏は暑く、冬は極寒の会津若松が作り出す会津木綿は400年の歴史がある織物。

それを今尚作り続ける株式会社はらっぱ(=HARAPPA)さんの営業マネージャー原山修一さんを訪ねました。

原山織物工場からHARAPPAへ

大正時代にこの界隈では30社ほど会津木綿を作る工場があったのですが、今ではHARAPPAさんともう一社しか残っていないそうです。

元々は120年の歴史を持つ「原山織物工場」は親族経営で続いていましたが、先代が2015年末に亡くなったことで封鎖をすることになっていました。

しかし、この歴史ある織物を後世に残すべく立ち上がったのが、先代の従兄弟である小野太成さんと、会津木綿を使って洋服のデザインを行っていたヤンマ産業の山崎ナナさん。
そしてHARAPPAが誕生しました。

幼いころから日常だった会津木綿

原山修一さん

修一さんは福島県福島市のご出身ですが、テレビマンとして東京で働いていました。
先代が亡くなった時に修一さんは福島に戻って会津木綿を使って働こうとすぐに考えたそうです。
というのも、修一さんのお母様が会津木綿を使って昔からお土産品などを作るお仕事にしていたのもあり、日常に会津木綿があるのが当たり前になっていたのでした。
自分にとってあって当然の会津木綿をなんとか後世に残していかなければという強い思い、そしていつかは会津木綿を使ってビジネスをしたいと常々考えていたということもありました。

HARAPPAさんの商品の一部です。

トートバッグ

アームカバー

ストール

 

これからのHARAPPA

当時から使われている「織機」
戦時中に武器を作るために持っていかれたりもしましたが、戦後になんとかかき集めて現在工場で稼働しているものが約20機。

いろんな可能性を持った会津木綿をこれからもっと拡大していきたい。
そのためには織機がもっと必要ですし、織機がふえれば人も必要です。

織機の革で出来たベルトはその日の天候によって変化もあるので、目が離せませんし少しの変化でも調整が必要だったりと手間はとてもかかるそうです。
しかしその引き換えに素晴らしい風合いの会津木綿が出来上がる。

そこが本当に大きな魅力なのです。

昔から作られたいろんな柄の生地を張り付けた貴重なノートを見せていただきました。
今現在でも使えそうなポップな配色や昔ながらのものまで、なんと約600以上の柄がありました

インタビューをしている間に休憩時間が始まり、工場で動く織機の音が静まっていく時間。
そして休憩時間が終わって再び動き出す音を聞くことが出来ました。

大げさではなく歴史そのものが動いてるとなと感動すらします。

歴史の深い、会津木綿がこれからもいろんな形でみなさんの元に届いていくのが楽しみです。

HARAPPA(http://www.harappaaizu.com/

取材日:2017728日(金)